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仕事の関係で長い間に更新できなくて、本当にごめんなさい。
カウンターを見ますと、更新していない期間もたくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございました。 このたびは心機一転して新しいブログを開設することにしました。タイトル、内容、構成など、すべては今までと異なるスタイルでの再出発となりますが、引き続きご愛読くださいませ。 よろしくお願いします。 引越し先
先日、花見に行きました。今年の関西のさくらは開花が遅かったものの、咲き始めると、突然訪れた陽気に乗って、一気に満開になり、その後の雨でまた一気に散っていたのです。満開の時期はほんの一瞬でした。それがさくらのいいところだという人もいますが、私はなんとなく寂しい気がします。すこし山奥までさくらを追ってみようかなとも思いました。久しぶりに漢詩を作りました。
詠櫻㈠ 度盡嚴冬花開放,枝頭爭艷數日長。 默默一年才出頭,春雨無情化霓裳。 詠櫻㈡ 冬去春來櫻花開,千枝萬樹一夜白。 好花時節緣幾日,化爲香泥染塵埃。 詠櫻㈢ 四月賞花心意濃,突聞陣陣怒號聲。 連江連水二千載,花開花落幾多榮。 冬育寒苞無河柳,春發芳蕊有山櫻。 根堅骨傲株枝韌,孕育新蕾千萬叢。 風吹梢動飄白絮,花謝瓣舞蕩飛鴻。 我願隨花航碧宇,癡語縷述廣寒宮。 以花下酒人已醉,忽見蓬萊貫長虹。 八仙顏悅笑彈指,化卻恩仇拓海空。 中国ホームページ総合ランキングは全200サイト中6位、引き続きクリックをよろしくお願いします。 中国ホームページランキングの確認方法: ここをクリックして、画面が変わったら、中央 にあるカテゴリ別ランキングの3行目の 中国語学習(オンライン中国語講座、中国語教室等)を クリックしてください。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2005年4月13日(水)━━ ◇ ◇◇◇【日中翻訳研究雑誌】◇◇◇ http://fanyi.exblog.jp ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ こんにちは、indarelです。 メルマガ発行の第一週からも大幅の遅れをさせてしまってすみません。来週(18日)は仕切りなおします。 今日の内容: 1. 今回の解説(後半) 2. 成語、熟語の復習 3. 翻訳テスト <今回の解説(後半)> 1「不買の標的とされた企業の大半は、中国紙に「歴史を歪曲(わいきょく)する教科書に援助した」と名指しされているが、これは誤報である。」 「標的」は「目標」、「把子」ですが、「矛頭」と訳しました。「名指し」を「点名指责」に。 (訳文)抵制的矛头所指的企业大多数都被中国报刊点名指责“赞助了歪曲历史的教科书”,但这一报道是错误的。 2「和食店やスーパーはたまたまデモの沿道にあり、日本の象徴として目についたらしい。」 「日本の象徴」を「象徴着日本」と「象徴」を動詞に訳しました。「目に付く」を「障眼」と訳しました。 (訳文)日式餐厅和超市是因为偶然位置于示威的途中,因其象征着日本障眼而已。 3「日貨排斥は明治末期からアジア各地で何度も起きた。」 「末期」を「末年」に訳し、「日貨排斥」の訳に「事態」をつけました。 (訳文)自明治末年以来,在亚洲各地多次出现过抵制日货的事态。 4「70年代初め、タイでは日本の象徴としてデパートの大丸が狙われた。」 「象徴」を上記同様に動詞に訳し、「狙われる」を「成了抵制的对象」に訳しました。 (訳文)70年代初,在泰国因为大丸百货公司象征着日本而成了抵制的对象。 5「米国との貿易摩擦の季節には、日本車がこれ見よがしにたたき壊された。」 「季節」の訳を「時代」に、「これ見よがしに」を「耀武扬威」でもよかったですが、少し抑え目の「得意扬扬」にやくしました。 (訳文)在和美国展开贸易摩擦的时代里,日本车总是被得意扬扬地砸烂。 6「その米国もいま息の長いボイコットを浴びる。」 「その」を訳しませんでした。「息の長い」を成語の「経久不息」に訳しました。「浴びる」を「面临着」と訳しました。 (訳文)美国现在也面临着经久不息地杯葛。 7「イラク政策に憤る不買の波は、中東だけでなく欧州や南米でも静かに続く。」 「不買の波」を「抵制浪潮」に、「静かに続く」を「悄然展开」に訳しました。 (訳文)因不满于美国的伊拉克政策而产生的抵制浪潮,不仅限于中东,在欧洲和南美也悄然展开。 8「外食ではマクドナルド、飲料ならコカコーラあたりが常に標的となる。」 「外食、、、飲料、、、」をまとめて「餐饮业」と訳しました。「標的」の訳をここでは「抵制的对象」と「抵制」をつけて訳しました。 (訳文)餐饮业的麦当劳、可口可乐等常被作为抵制的对象。 9「あのボイコット氏は結局、小作人の抵抗で土地を追われ、不名誉を歴史に刻んだ。」 「あの」「抵抗」の訳を省略しました。「不名誉を歴史に刻んだ」の訳は「遺臭於歴史」という言い方もありますが、ちょっと重過ぎるような気がして、「在历史上留下了恶名」と訳しました。 (訳文)杯葛先生最终被佃户们赶走,在历史上留下了恶名。 10「今回の事態も、対応次第ではさらにこじれてしまう。なにより外交の機敏さ、冷静さが問われる。」 「こじれる」は「弄壊」ですが、「成为僵局」と訳しました。「問われる」の訳が難しく、「考験」、「検験」などといろいろ考えましたが、どれも中国語の訳文にあわず、最終的に「在於」を使い、かなり変形させました。 (訳文)这次的局势也可能因反应方式而成为僵局。关键在于外交手腕的机智和冷静。 成語、熟語の復習 下記のことばを使って、文を作って見ましょう。 矛头所指、障眼、得意扬扬、经久不息、悄然展开 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 下記単語を中国語に訳しましょう(回答は上記翻訳文にあります) 1. 名指し 2. 目につく 3. これ見よがしに 4. 息の長い 5. 静かに続く 6. あたり 7. 小作人 8. こじれる このメールマガジンは『まぐまぐ!』 『メルマ!』を利用して発行しています。 配信中止はこちら: まぐまぐ: http://www.mag2.com/m/0000152396.htm メルマ!:http://www.melma.com/cat/00000197/ls_005.html 日中翻訳研究雑誌 (m00136669) 発行者Webサイト: http://fanyi.exblog.jp 中国ホームページ総合ランキングは全200サイト中6位、引き続きクリックをよろしくお願いします。 中国ホームページランキングの確認方法: ここをクリックして、画面が変わったら、中央 にあるカテゴリ別ランキングの3行目の 中国語学習(オンライン中国語講座、中国語教室等)を クリックしてください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2005年4月12日(火)━━
◇ ◇◇◇【日中翻訳研究雑誌】◇◇◇ http://fanyi.exblog.jp ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ こんにちは、indarelです。 この2、3日はテレビブラウン管を通して、中国各地ですごい騒ぎになっていることを見ました。今回の翻訳内容もそうですが、各方面の冷静な対応を切に希望します。中国外務省は「見たくない光景だ」と論じていますが、それはこっちのせりふだと思いました。 今回の解説(前半) 1. 「19世紀末、アイルランドにチャールズ・ボイコットという名の農地管理人がいた。」 ボイコットの訳について「排制」という意見も寄せられましたが、ボイコットさんという人名の訳出もあり、「杯葛」の方がより原文のニュアンスに近いと思います。ちなみな、「杯葛」ということばは外来語としてはまだ認知度が高くないが、中国大陸の新聞(特にスポーツ記事)でも見かけるようになりました。 (訳文)19世纪末,在爱尔兰有一个叫查理・杯葛的农场管家。 2. 「強権ぶりに小作人たちが反発し、示し合わせて、彼の発する命令はおろか朝夕のあいさつも無視する作戦に出た。」 「あいさつも無視する」を「招呼都不和他打」と訳し、「他」を加えました。「作戦に出た」を中国語文意に含ませ、直訳をしませんでした。 (訳文)他的强权态度引起了佃户们的反抗,于是大家商定无视他的命令,甚至连早晚的招呼都不和他打。 3. 「不参加とか不買の抗議行動を意味するボイコットはこれに由来する。」 「ボイコット」の訳「杯葛」に「一詞」をつけました。 (訳文)意味着弃权或者抵制活动的杯葛一词就来源于此。 4. 「日本製品に対するボイコットが中国で激発している。」 「中国で」の訳を文首にもってきました。文首に状語があった方が後の激発しているさまがより強烈さが増します。 (訳文)在中国,对日本产品的杯葛激烈发生。 5. 「きっかけは教科書検定や国連改革など最近の日本の動きにあるようだが、狙われる側はたまらない。」 「日本の動き」の訳を「教科書~改革」の訳につけ、「動き」を省きました。「狙われる」は直訳では意味が射撃などの動作でこの文にあわないので、ボイコットと意訳しています。「たまらない」は「不痛快、不舒服」ですが、「心里不是滋味」と訳しています。また、原文にある「あるよう」の訳はすこし難しいと思います。直訳の「似乎」では多少ニュアンスが違いますので、「応」としました。 (訳文)其原因应是出于最近的日本的教科书审定问题和联合国改革问题等,但是被抵制的一方的心里应很不是滋味。 6. 「アサヒビールや味の素などが一部の店で撤去された。ジャスコやイトーヨーカ堂は窓や広告板を割られた。」 この文の訳は少しもれがありました。「など」、「一部」を下記括弧のように補足します。 (訳文)朝日啤酒和味之素(等)的商品在(一些商店)被撤离店头。吉之岛和伊藤洋华堂的窗户和广告牌被打破。 7. 「昨日、北京では「日本製品排斥」を叫ぶデモ隊が、日本大使館や和食店に押し寄せた。」 「昨日」を訳文の真ん中にもっていきました。「デモ隊」は「遊行隊」ではなく、「遊行隊伍」。「押し寄せる」は「涌(向)」。 (訳文)在北京,口呼“抵制日货”的游行队伍昨天涌向日本大使馆和日式餐厅。 本日の成語、熟語の復習: 下記のことばを使って、文を作って見ましょう。 激烈发生、心里不是滋味 下記単語を中国語に訳しましょう: 1. ボイコット 2. 強権ぶり 3. 由来する 4. たまらない 5. 広告板 6. デモ隊 7. 押し寄せる 中国ホームページ総合ランキングは全200サイト中6位、引き続きクリックをよろしくお願いします。 中国ホームページランキングの確認方法: ここをクリックして、画面が変わったら、中央 にあるカテゴリ別ランキングの3行目の 中国語学習(オンライン中国語講座、中国語教室等)を クリックしてください。
メルマガの文字化けについて、しばらくの間研究、実験を繰り返したため、フォントとブラウザ設定で、かなり解消できると確認しましたが、いざ発行しようとすると、最大の難関にぶつかりました。なんとまぐまぐの独自の基準で簡体字が外字と見なされていました。発行画面はまったく進みません。今現在も解決方法を模索中です。
仕方なく、創刊号をとりあえずこちらに掲載します。 読者のみなさん、大変ご迷惑をおかけいたしました。 ************************************** ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━【創刊号】 2005年4月11日(月)━━ ◇ ◇◇◇【日中翻訳研究雑誌】◇◇◇ http://fanyi.exblog.jp ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ はじめまして、日中翻訳研究雑誌です。ようやく創刊することになりました。 登録してお読み頂ける皆様は、本当にありがとうございます。 さあ、翻訳の世界へようこそ!このメルマガは日中翻訳技術の研究を目的としています。毎週1~2篇の文学作品を取り上げ、細部に渡って訳出の分析をしていきます。よろしくお願いします。尚、すべての記述はUnicode(UTF-8)で作成しています。ご使用のブラウザによって文字化けする可能性もあります。今後できる限り改善して行きたいと思っております。フィードバックをよろしくお願いします。 http://fanyi.exblog.jp __________________________________________________________________________ (2005年4月10日天声人語中訳例) 19世纪末,在爱尔兰有一个叫查理・杯葛的农场管家。他的强权态度引起了佃户们的反抗,于是大家商定无视他的命令,甚至连早晚的招呼都不和他打。意味着弃权或者抵制活动的杯葛一词就来源于此。 在中国,对日本产品的杯葛激烈发生。其原因应是出于最近的日本的教科书审定问题和联合国改革问题等,但是被抵制的一方的心里应很不是滋味。朝日啤酒和味之素的商品被撤离店头。吉之岛和伊藤洋华堂的窗户和广告牌被打破。在北京,口呼“抵制日货”的游行队伍昨天涌向日本大使馆和日式餐厅。 抵制的矛头所指的企业大多数都被中国报刊点名指责“赞助了歪曲历史的教科书”,但这一报道是错误的。日式餐厅和超市是因为偶然位置于示威的途中,因其象征着日本障眼而已。 自明治末年以来,在亚洲各地多次出现过抵制日货的事态。70年代初,在泰国因为大丸百货公司象征着日本而成了抵制的对象。在和美国展开贸易摩擦的时代里,日本车总是被得意扬扬地砸烂。 美国现在也面临着经久不息地杯葛。因不满于美国的伊拉克政策而产生的抵制浪潮,不仅限于中东,在欧洲和南美也悄然展开。餐饮业的麦当劳、可口可乐等常被作为抵制的对象。 杯葛先生最终被佃户们赶走,在历史上留下了恶名。这次的局势也可能因反应方式而成为僵局。关键在于外交手腕的机智和冷静。 本日の成語、熟語: 激烈发生、心里不是滋味、矛头所指、障眼、得意扬扬、经久不息、悄然展开 翻訳分析は火曜日送信します。 ________________________________________ 日本語原文掲載先: http://www.asahi.com/paper/column.html (原文の掲載期間は約一週間です。原文の著作権、商標権は朝日新聞社にあり、上記翻訳は研究するための訳例である) このメールマガジンは『まぐまぐ!』 『メルマ!』を利用して発行しています。 配信中止はこちら: まぐまぐ: http://www.mag2.com/m/0000152396.htm メルマ!:http://www.melma.com/cat/00000197/ls_005.html 日中翻訳研究雑誌 (m00136669) 発行者Webサイト: http://fanyi.exblog.jp ************************************** 中国ホームページ総合ランキングは全200サイト中6位、引き続きクリックをよろしくお願いします。 中国ホームページランキングの確認方法: ここをクリックして、画面が変わったら、中央 にあるカテゴリ別ランキングの3行目の 中国語学習(オンライン中国語講座、中国語教室等)を クリックしてください。 参考に原文を載せました。 19世紀末、アイルランドにチャールズ・ボイコットという名の農地管理人がいた。強権ぶりに小作人たちが反発し、示し合わせて、彼の発する命令はおろか朝夕のあいさつも無視する作戦に出た。不参加とか不買の抗議行動を意味するボイコットはこれに由来する。 日本製品に対するボイコットが中国で激発している。きっかけは教科書検定や国連改革など最近の日本の動きにあるようだが、狙われる側はたまらない。アサヒビールや味の素などが一部の店で撤去された。ジャスコやイトーヨーカ堂は窓や広告板を割られた。昨日、北京では「日本製品排斥」を叫ぶデモ隊が、日本大使館や和食店に押し寄せた。 不買の標的とされた企業の大半は、中国紙に「歴史を歪曲(わいきょく)する教科書に援助した」と名指しされているが、これは誤報である。和食店やスーパーはたまたまデモの沿道にあり、日本の象徴として目についたらしい。 日貨排斥は明治末期からアジア各地で何度も起きた。70年代初め、タイでは日本の象徴としてデパートの大丸が狙われた。米国との貿易摩擦の季節には、日本車がこれ見よがしにたたき壊された。 その米国もいま息の長いボイコットを浴びる。イラク政策に憤る不買の波は、中東だけでなく欧州や南米でも静かに続く。外食ではマクドナルド、飲料ならコカコーラあたりが常に標的となる。 あのボイコット氏は結局、小作人の抵抗で土地を追われ、不名誉を歴史に刻んだ。今回の事態も、対応次第ではさらにこじれてしまう。なにより外交の機敏さ、冷静さが問われる。
在“战舰大和”出击冲绳的那一天,吉田満少尉准备好了遗书。“请把我的东西全部处理掉。祝大家身体健康、并请多多保重”。
第二天,也就是1945年、昭和20年4月7日,大和在九州海上受到美军飞机的猛攻而沉没了。这艘巨型军舰是日本和列强军火竞赛的象征,它的末日象征着日本军国主义的败北。 奇迹般地生存下来的吉田先生在战争结束后不久写的《战舰大和的末日》,记录了原委。这本书超越时空地被广泛阅读。一位刚刚大学毕业的青年的记述,现在读起来也给人以冲击。 “当时‘大和’几乎倾斜到90度……毫无保护的红色船腹几乎露出海面……巨大的火柱直插入夜空 ………战舰的全部碎片飞向空中”。吉田在漂流中抓住了一架绳梯获救。 在载满了漂流者的救生艇上有这样的事情。“攀在船边的手越来越多,力量也越来越大 ……救生艇的指挥官和下级船员们用战刀鞘驱赶手臂,啪、啪地打着密密麻麻地伸出的胳膊和手腕上……就像墨鱼无可奈何地自断其臂,他们的面孔,他们的目光,他们的眼神,我终生难忘”。 吉田先生战后进入日本银行,担任了分行行长和监事。看了《吉田満集著作》的年谱,会发现在详细的记述间,那个4月被如此记录:“参加冲绳特攻作战。 生还。”在参加和生还间没有1个字。但是,那文字间不知又有多少血肉横飞的战场呢?不仅仅是大和的末日,它令我想到了在所有的战场上出生入死、甚至被夺去生命的人的恸哭。 日本語原文: 戦艦大和が沖縄へ向けて出撃する日、吉田満少尉は遺書をしたためた。「私ノモノハスベテ処分シテ下サイ 皆様マスマスオ元気デ、ドコマデモ生キ抜イテ下サイ」 その翌日、1945年、昭和20年4月7日、大和は九州沖で米軍機の猛襲を受け沈没した。世界の列強と競って建造した軍艦の象徴だった巨艦の最期は、軍国・日本の敗北をも象徴していた。 奇跡的に生き残った吉田氏が、終戦直後にてんまつを記した『戦艦大和ノ最期』は、時を超えて読み継がれてきた。大学を出たての青年の記述は、今も鮮烈だ。 「時ニ『大和』ノ傾斜、九十度ニナンナントス……アナヤ覆ラントシテ赤腹ヲアラハシ……火ノ巨柱ヲ暗天マ深ク突キ上ゲ……全艦ノ細片コトゴトク舞ヒ散ル」。漂流中、一本の縄ばしごをつかみ助け上げられた。 漂流者で満杯の救助艇では、こんなこともあったという。「船ベリニカカル手ハイヨイヨ多ク、ソノ力激シク……ココニ艇指揮オヨビ乗組下士官、用意ノ日本刀ノ鞘(さや)ヲ払ヒ、犇(ひし)メク腕ヲ、手首ヨリバツサ、……敢ヘナクノケゾツテ堕チユク、ソノ顔、ソノ眼光、瞼ヨリ終生消エ難カラン」 吉田氏は戦後日本銀行に入り、支店長や監事を務めた。『吉田満著作集』の年譜を見る。詳細な記述の中で、あの4月はこう記されている。「沖縄特攻作戦に参加。生還」。参加と生還の間に一文字もない。しかしその字間に、どれほどおびただしい修羅があったことか。大和の最期に限らず、あらゆる戦場で命を奪われ、また命を削られた人たちの慟哭(どうこく)を思った。 中国ホームページ総合ランキングは全200サイト中6位、引き続きクリックをよろしくお願いします。 中国ホームページランキングの確認方法: ここをクリックして、画面が変わったら、中央 にあるカテゴリ別ランキングの3行目の 中国語学習(オンライン中国語講座、中国語教室等)を クリックしてください。
波兰的古都科拉克夫,现在还保留着浓郁地中世纪城镇风光。后日成为罗马教皇的约翰・保罗二世的卡罗尔・华迪卡就是出生在科拉克夫郊外小镇的华杜怀斯的。
在华杜怀斯附近,有后来建造了集中营的奥斯威辛。几年前,我站在流淌在科拉克夫的维斯瓦河河畔,感受到了这三个城镇的位置关系和教皇人生的命运般地关联。 当纳粹德国入侵波兰,第二次世界大战开始的时候,卡罗尔是一个哲学系的学生。大学被德军关闭了。他为了逃避被强送到德国当劳工,而在科拉克夫郊外的采石场工作。 “屏息倾听。铁锤有节奏地敲击着石头的声音……一种感情在我心头成长。劳动的真正价值,不是在人们的心里吗?”这是教皇当年写的诗。后来他在自传《立身于在怒涛》(恩典来书店出版)中说:“当时的那种不寻常的经历表达得相当恰当”。 不久他通过地下修院学习神学,成为神父,当了科拉克夫的大主教。他作为教皇鼓励祖国要求民主化的“团结”,为封闭教会道歉。他并表示了反对伊拉克战争。他对于历史和和平问题的明确表态和行动是引人瞩目的。 10年前,我在梵蒂冈有过一次和教皇握手的机会。他那年轻时代也许是握过铁锤的手是厚实的。“战争是人类制造的,战争就是死亡”。81年他在广岛所说的话好像从他的手里传了过来。 日本語原文: ポーランドの古都クラクフは、中世の町並みを今もなお色濃く残している。後にローマ法王ヨハネ・パウロ2世となるカロル・ボイチワは、クラクフ郊外の町バドビツェで生まれた。 近くには、後に強制収容所がつくられたアウシュビッツがある。数年前、クラクフを流れるビスワ川のほとりに立って、三つの町の位置関係と法王の人生に、運命的なつながりを感じた。 ナチス・ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が始まった時、カロルは哲学科の学生だった。独軍によって大学は閉鎖される。ドイツで強制労働をさせられる国外追放を避けるため、クラクフ郊外の石切り場で働いた。 「聞いてごらん。ハンマーが規則正しく石を打つ音を……ある想いが私の内で育って行く。仕事の真の価値は、人間の内面にあるのではないだろうかと」。自作の詩について、法王は後年、「当時の異常な体験がなかなか適切に表現されている」と自伝『怒涛に立つ』(エンデルレ書店)で述べている。 やがて地下活動で神学を学び、司祭になり、クラクフ大司教を務めた。法王としては、故国で民主化を求める「連帯」を励まし、教会が封印してきたことを謝罪し、イラク戦争に反対した。歴史と平和についての明確な発言と行動が際だっていた。 10年前、バチカンで法王と握手する機会があった。若き日にハンマーを握ったかもしれない手には、厚みがあった。「戦争は人間のしわざです。戦争は死そのものです」。81年に広島で発した言葉が、その手から伝わってくるようだった。 中国ホームページ総合ランキングは全200サイト中6位、引き続きクリックをよろしくお願いします。 中国ホームページランキングの確認方法: ここをクリックして、画面が変わったら、中央 にあるカテゴリ別ランキングの3行目の 中国語学習(オンライン中国語講座、中国語教室等)を クリックしてください。
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