2005年3月28日(日)   中国語で「天声人語」

有幸长寿的人,可以知道历史是怎样审判自己年轻时候的工作成绩的。能得到正面评价的人是幸运的。本月17日,逝于101岁高龄的原美国国务院高级官员的乔治凯南先生就是这样一位幸运者。
凯南活跃在二战后的冷战初期的动乱时代里,他预言只要耐心的用外交手段来监测苏联的膨胀倾向,苏联将因其内部矛盾而崩溃,从而提案制定了“ 封锁”政策。把对于日本的占领政策改为重点振兴经济发展的宽松政策。
他自己亲眼目睹了苏联的崩溃和日本成为经济大国。但是,他提出的劝戒美国在外交方面不要信奉过度的道德的主义标准和过高地评价军事方式的提议,未能得到华盛顿的理解。1953年,他被迫辞职了。调到普林斯吨高级研究所之后,他通过著作批评越南战争,继续对美国的外交政策发挥了影响。
提起了凯南先生,不禁令我回忆起一件往事。911恐怖案后,我曾向美国副国务卿阿米蒂奇问道恐怖活动对美国外交的长期影响,他自豪地说:“国务院里有专门研讨20年之后政策的部门---政策计划室”。
这个政策计划室的第一任主管就是年轻的凯南。这是专门描绘美国外交政策蓝图的部门。但是,美国在没有达到国际共识的情况下发动伊拉克战争,至今为止还不能看到确保伊拉克民主化的蓝图。
工作在国务院的他的门生们到底在研究些什么呢?“我们应该用平等的眼光来观察自己的国家,我们并不象自己想象地那样,有能力改变世界”。这是凯南先生留下的话语。


日本語原文:
長寿に恵まれると、若いときの仕事に歴史がどんな審判を下すかを知ることができる。プラスの評価を得る者は幸いだ。今月17日に101歳で亡くなった元米国務省高官のジョージ・ケナン氏は、そんな一人である。
第二次大戦後、冷戦初期の動乱期に活躍したケナン氏は、辛抱強い外交でソ連の膨張的傾向をチェックすれば、内部矛盾から崩壊すると予言、「封じ込め」を立案した。日本に対する占領政策を緩やかなものにして、経済復興を重視する路線に転換させた。
ソ連の崩壊と日本の経済大国化を、彼は自分の目で見届けることができた。ただし、米外交の過剰な道徳主義や軍事手段の過大評価を戒める提言は、ワシントンでは理解されず、53年に退任に追い込まれた。プリンストン高等研究所に移り、著作を通じてベトナム戦争を批判するなど米外交に影響を与え続けた。
ケナン氏と言えば、思い出すことがある。同時多発テロ直後、アーミテージ国務副長官に米外交への長期的な影響をたずねたところ、「国務省には、20年先を考える部局がある。政策企画室だ」と胸をはった。
この政策企画室こそ、若きケナン氏が初代室長を務め、米外交の青写真を描いた部局だった。しかし、米国は、国際社会の合意を待たずにイラク戦争に突入、いまだにイラクの民主化の確たる見通しはない。
国務省の彼の後輩たちは何をしていたのだろう。「私たちは自国についてバランスのとれた見方をすべきだ。自分で思うほど世界を変えることはできない」。ケナン氏が残した言葉である。

中国ホームページランキングの確認方法:
ここをクリックして、画面が変わったら、中央
にあるカテゴリ別ランキングの3行目の
中国語学習(オンライン中国語講座、中国語教室等)を
クリックしてください。

[PR]
by indarel | 2005-03-28 23:57 | 中国語で「天声人語」
<< 2005年3月30日(水)  ... メールマガジン「日中翻訳研究雑... >>