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德川家康家訓

400年前(正確的說是402年前的1603年),德川家康創立江戶幕府,出任第一代將軍。之後直到明治維新爲止,德川的子孫共世襲了15代將軍職位,建立了長達300年的德川幕府。德川的遺訓很有名,講述了成功立業之理,奠定他的子孫代代身居權利中樞的基礎。
今天的《翻譯夜話》,將其譯為中文。因原文為日語古文,為不傷原文風格,故將其譯為文言文。

原文:
『徳川家 家訓』
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。
急ぐべからず。
不自由を常と思へば不足なし。
心に望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思へ。
勝つ事ばかり知りて、負くる事を知らざれば害その身に到る。
己を責めて人を責むるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。


中文譯文:
人生如負重遠行,不可急之;
常思不便而知其無不足;
心生貪望者當思其窮困日;
忍為萬世長久之基,思怒乃敵;
知其勝而不知其敗者,害已及身;
責己勿責人;
不及勝於過度。


現代日本語訳文:
人の一生は重たい荷物を背負って遠い道のりを歩くようなものだ。
決して急いではならない。
何事も質素倹約を常識であると思えば、一切何かの不足を不満に思うことはない。
心に無益な望みが生じたら、困窮していた時の苦労を思い出してみよ。
耐え忍ぶことは、人生の平安、寿命の延命の元である。
自分の怒りの感情こそが自分の敵と思え。
勝つことばかりを知っていて、負けることもあるのだということを知らなければ、
その実害はいずれ我が身に返ってくる。
ただただ自分を責めて、人を責めるな。
何事もほどほどというのが やりすぎより良いのである。




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by indarel | 2005-03-15 00:38 | 翻譯夜話(繁體中文)

關於翻譯夜話

標題的《翻譯夜話》是昨夜想到的。
我是夜行性動物,讀書、看報、寫文章、上網等等、、、多是在夜裏。翻譯《天聲人語》當然也不在例外。所以想到這樣的標題應該是很自然的。
我喜歡繁體字。簡體字固然有其通俗、易寫、易記的長處,但是繁體字更能體現出漢字的淵源。與古漢字所具有的象形、會意的意義、結構一脈相傳,很有藝術的味道。
在《翻譯夜話》裏我將不定時地用繁體字翻譯一些《天聲人語》之外的文章,並記錄下一些日漢翻譯的心得。(《天聲人語》的翻譯心得將每天記錄在日文專欄的《翻譯:今日のひねり》裏)




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by indarel | 2005-03-14 22:07 | 翻譯夜話(繁體中文)

大雪

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昨日はひさびさに大雪が降りました。堂主の住んでいるところは雪自体も降ることがめったになく、まして積もるほどの雪は珍しいのです。そして寒かったです。三日前までの春をすら感じさせるような陽気がうそのように消え、気温は真冬並でした。




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家の近くの駐車場はまさに
「漫天飛雪」状態です
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by indarel | 2005-03-14 19:56 | 堂主の独白

3月14日(月)  本日は新聞休刊日

今日は「翻訳夜話」をアップします。
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by indarel | 2005-03-14 19:19 | 中国語で「天声人語」

プロフィール

いまさらながら、プロフィールをアップします。

爽やかなみずがめ座


HN:indarel
職業:日漢翻訳博客堂堂主
誕生日:戌年2月7日
星座:水瓶座
性別:オス
血液型:B型
住所:関西圏
好きな課目:英語、数学、地理、歴史、古文、漢文
苦手な課目:図工、美術
主な出身校:東京○○高校
        D大学経済学部
        インタースクール大阪校中国語科

        (高校名、大学名は来たるべき時に、正式公表します) 
食性:雑食
    肉、魚、野菜、なんでも食べる
    ビール、日本酒は好き、白酒は苦手
    嫌いなものは特にないが、          
    お寿司、刺身、魚介類は大好き
好きな色:水色
趣味:パソコン、車、旅行、読書
好きなスポーツ:野球(見るだけ、自称阪神ファンですが、全選手の名前は言えない)
         サッカー(高校時代は熱中しました、今は日本代表戦を見るだけ)
         バドミントン(好きでしたが、とっくにやめた)
         ということは、今は何の運動もしていません
好きな俳優:ジャッキー・チェーン  トム・ハンクス
資格:
中国語能力検定1級、普通自動車免許
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by indarel | 2005-03-14 06:36 | プロフィール

先週の復習

中国語で「天声人語」を初めてから一週間、週3回UPの目標だったが、なんだかんだ言って皆勤賞をとりました。(アホか!これからだぞっ!という檄も聞こえてきそうですが、、、)なので、きながにいきます。
「今日のひねり」というカテゴリーを作ったものの、いままではとにかく翻訳優先でやってきたので、まだ一回もアップしていません。とりあえず、今回は一週間分をまとめて書きます。と言っても、たいして偉そうなこともかけません。堂主が訳出したときに苦労したところ、難しいかったところ、またはちょっと自慢したいところを中心に記録していきます。

3月7日(月)
冒頭の「朝、駅まで15分ほど歩く、、、、出勤のためとはいえ、疲れてしまう。」これを中国語に“、、、虽说是为了上班,也让我感到疲劳”と訳しましたが、なんかしっくり来ない感じがします。と言うのは、中国語ではなぜ「虽说」なのか恐らくわかりにくいです。いっそうのこと、「出勤のため」の訳出を「朝、駅まで」あたりに入れた方が、中国語としてはすっきりするかもしれません。
ほかの部分は訳しやすい文章だと思います。

3月8日(火)
栗原貞子さんの詩「生まれしめんかな」は中国語訳の出版物は存在するかは分かりません。タイトルの正式な中国語訳も分からないため、中国語サイトの栗原貞子死去のニュースから、代表作と書かれた「地下室的新生児」を転用しました。ちなみに、もともとは「帮你接生吧」と訳すつもりでした。
「被爆者」:日中辞典では「原子弾受害者」と書いていますが、語感的に違和感があったため、あえて「核輻射傷員」としました。でも納得していません、どなたがアドバイスを下さい。

3月9日(木)
全体的にやさしい文章で訳しやすかったです。

3月10日(金)
今日の文章は好きな古文、漢文をふんだんに使っていますので、難しいが、力が入ります。中国語も文言文風に訳しました。でも、ひょっとしたら先人がすでに翻訳された永井荷風先生の中国語版の本が存在するかもしれません。でしゃばってはずかしいです
1.「わが偏奇館焼亡す……火焔の更に一段烈しく空に舞上るを見たるのみ。これ偏奇館楼上万巻の図書、一時に燃上りしがためと知られたり」を「偏奇楼吐烈焰、、、、、、吾仅有观火之力,火焰时愈加猛烈,吾知此乃偏奇楼上万卷藏书之炎也”」と訳しました。 
2.。「醸造の法を知らずして猥(みだり)に酒を造らむとするなり。外国の事情を審(つまびらか)にせずして戦を開くの愚なるに似たり」を「不知酿造之法而猥琐造酒,似不审外国之情局而开战之愚行也。」と訳しました。

3月11日(金)
今日もやはり木村亨さんの文言「捨てし身の裁きにひろういのち哉」の訳出に神経を使いました。「舍身之审乃拾命哉」と訳していますが、納得していません。原文のかなを漢字に変えて、トータルで6文字(漢字)になります。漢字7文字の漢詩風の訳出にしたかったのですが、できませんでした。「哉」をとれば文字数があいますが、原文の悲しい怒りが消えるような気がしますので、決断できません。または、全く別の字を当てることも考えていて、迷っています。今後も引き続き考えます。

3月12日(土)
今日の話題はいまホットなライブドアvsフジテレビの話です。文書自体は簡単で、訳しやすかったです。イソップ寓話は意識して成語をいくつかを使いました。
また、ライブドア社名のオフィシャル中国語訳が見つからないので、中国語ニュースサイトの今回のM&A関連ニュースから「活力門」を転用しました。しかし、中国語の「活力門」(huo li men)を「ホリエモン」のしゃれに聞こえる私は、考えすぎでしょうか。

3月13日(日)
昨今、世の中は物騒で、江戸時代の「さすまた」が、現代の学び舎に出現するとは、なんて皮肉なものですね。

「さすまた」の訳はそのまま「刺股」としました。
「鬼平ファン」の「ファン」の中国語訳は一般に「歌迷、星迷、追星族等」に訳されますが、ここでは恐らく「鬼平役の俳優のファン」という意味ではないので、「推崇者、崇拝者、熱愛家、愛好家など」に訳したほうが正しいと思いました。が、適訳が見つかりません。あえて「ふぁん」を訳さずに、“因为他很喜欢鬼平,所以、、、、、、” と処理したほうが良かったのかもしれません。




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by indarel | 2005-03-14 04:33 | 翻訳ーー今日のひねり

3月13日(日) 中国語で「天声人語」

“刺股”是逮捕犯人时所使用的工具。使用时用装在棍状的长杆先端的U字形金属部按住犯人的脖子或身体。刺股也可称作指叉,在家喻户晓的《鬼平犯科帐》的故事里,长谷川平藏率领捕头追拿恶人时,用的就是刺股。
最近,刺股作为学校的办公用品,受人青昧。因为身份不明分子对在校师生的暴力事件接二连三地发生,使得越来越多的学校开始采购。还有很多学校请警察到学校来传授“刺股讲习”课。
东京都江户川区的零部件生产厂“实川制作公司”,是一个刺股生产厂家。现在每星期生产250杆刺股,供不应求。他们是在4年前,大阪府池田市的少儿屠杀案发生后,开始生产刺股的。因为公司总经理的实川亨社长是一位“鬼平”的爱好家,所以想到了生产刺股。他首先试作了3杆,并马上将其赠给了他女儿就读的小学。
那以后,只要是教育部门发生了什么事件,他们的订单就迅速增加。上个月,大阪府寝屋川市的小学事件的报道里说:“逮捕犯人时,刺股起了很大作用”。这更将刺股炒得更热。面对着突如其来的商机,实川半喜半忧地说:“我们的客户里有不少是幼儿园和医院,真难理解世道怎么变成了这样”。
据原中央学院大学教授、在刑罚史学上有造诣的重松一义先生(73岁)介绍,中世纪以来,刺股在西班牙等国作为捉拿犯人时的武器及拷问的刑具广为使用。在日本,刺股却被作为朝廷显示其权威的“威慑之具”,摆设在大堂上及各路关卡,而缺乏其实用的性质。
“学校很安全”之类的话早已成了传说。刺股和书香门第,听起来好象风马牛不相及,但有备无患。我衷心希望刺股在校园里只是作为装饰性的守门神。


「鬼平を歩く・実録長谷川平蔵の生涯」
重松 一義  佐々木 明 共著
   下町タイムス社出版

日本語原文:c0075561_0374838.gif
さすまたは罪人を捕まえる道具である。棒の先端についたU字形の金具で首や胴を押さえ込む。刺股とも指叉とも書く。おなじみ「鬼平犯科帳」では、長谷川平蔵率いる捕り手が悪党一味を追いつめる場面に出てくる。
このごろは学校の備品として脚光を浴びる。不審者が生徒や教師を襲う事件が続いて導入するところが増えた。警官を招いて「さすまた講習」を開いた学校も多い。
製造元のひとつ、東京都江戸川区の部品会社「実川製作」では毎週250本を出荷するが、注文に追いつかない。製造を始めたのは4年前、大阪府池田市で児童が殺された直後である。実川享社長(49)が大の鬼平ファンで、捕物の道具に目をつけた。試作した最初の3本はすぐ娘の通う小学校に贈った。
学校で何かあるとたちまち注文が殺到する。大阪府寝屋川市の小学校で先月起きた事件では「備品のさすまたが身柄拘束に役立った」と報じられ、拍車がかかった。「納入先には幼稚園や病院も多い。何とも物騒な世の中ですね」。思わぬ需要に実川さんもとまどう。
刑罰史に詳しい重松一義・元中央学院大教授(73)によると、さすまたは中世以来スペインなど各国で生け捕りや拷問に広く使われた。日本では実戦の武器という性格は薄い。むしろ幕府の司法権を見せつける「威圧の具」として、奉行所や関所に飾られた。
「学校は安全」という神話が崩れて久しい。教育の場におよそ似つかわしくない道具だが、何か備えがないと不安な時代である。願わくは、学(まな)び舎(や)の守り神で終わりますように。


実川製作(株)のホームページにあるさすまたの使用イメージ図








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by indarel | 2005-03-13 23:25 | 中国語で「天声人語」

3月12日(土)  中国語で「天声人語」

“有一天,橡树和芦苇要比一比看谁更顽强。风暴来了,芦苇弯下腰来随风摆动,逃过了一难;而顽强不屈,全力以赴地和风暴抗衡的橡树却被连根拔起了”。(摘自岩波文库《伊索寓言集》)
这里包含了不应该和强者硬碰硬地抗衡的寓意。芦苇的灵活应付,坚韧的精神的确很可贵。然而,迎风耸立、宁折不屈的橡树的也有其可取之处。
我不想说哪一方是橡树,哪一方是芦苇。富士电视台和活力门公司为了避过迎头的风暴,想方设法、绞尽脑汁的情景,不禁使我想起了这则寓言。
东京地方法院,认同了活力门公司的申诉,做出了禁止日本放送公司发行新的认股证的决定。不知富士电视台下一步要摆怎样的架势来挺过这次的暴风雨呢。活力门公司是乘着新媒体——互联网的大潮迅速成长起来的企业。而富士电视台则是战后日本所营造的一个电波媒体巨头。彼此的经历和社会机能是不同的。
《伊索寓言集》中还有一则狐狸和豹子比赛的故事。豹子张口闭口总是说自己漂亮无比,于是,狐狸对它说:“其实你并不知道我有多么地美丽,因为我的美不是美在外表,我的心灵是美丽多姿的”。这则寓言说出了在心灵深处修饰自己比外表美更加重要的道理。
在此,我仍不想说哪一方是哪一方。究其根本,他们二者间的竞争难道不应该是在内在部分的竞争吗?遗憾的是,他们现在却仅仅是在争持股量而已。

日本語原文:
樫(かし)と葦(あし)が頑丈さを競い合った。大風が吹いた時、葦は体を曲げ突風に身を任せて、根こそぎにされるのを免(まぬ)かれたが、樫は、抵抗して根っこから覆されてしまった(『イソップ寓話(ぐうわ)集』岩波文庫)。
強い者に対しては争ったり抵抗したりすべきではないという教えがこめられているという。確かに、葦のしなやかな対応ぶりや、そのしぶとさはいい。しかし風に向かって立ち続ける樫の姿にも、捨てがたいものがある。
どちらが樫で、どちらが葦というのではない。吹きつけてくる大風をしのごうとして、手だてを競い合うフジテレビとライブドアの姿に、この寓話を連想した。
東京地裁が、ライブドアの主張を認めて、ニッポン放送が予定していた新株予約権の発行を差し止める仮処分を決定した。フジテレビは、今度は、どんな構えでしのごうとするのか。ライブドアは、インターネットという新しいメディアの勢いに乗って大きくなってきた。フジテレビは、戦後の日本に築かれた巨大な電波メディアの一つだ。来歴も機能も異なる。
イソップには、狐(きつね)と豹(ひょう)が競い合う話もあった。豹が二言目には体色の多彩さを言い立てるので、狐が言った。「わたしの方がどれ程美しいことでしょう。だって、体ではなく、心が多彩なんですもの」。体の美しさより知性の装いが大事なことを説いているという。
これも、どちらがどちらと言うのではない。本来、両者の競い合いは、それぞれのメディアの中身でするものではないか。それが、株の数の競い合いになっているところが残念だ。

岩波文庫 「イソップ寓話集」





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by indarel | 2005-03-13 02:24 | 中国語で「天声人語」

3月11日(金)  中国語で天声人語

在法庭里看不到多年来一直申请“重审”的原被告人们的身影。被谓为战争时期最大的镇压言论自由事件的“横滨事件”的五位幸存者,全都作古了。继承了他们遗志的遗属们,在东京高级法院听到了“支持开始重审”的决定。
即使如此,也花去了他们太多的岁月。“舍身之审乃拾命哉”,这是原被告人的原《中央公论》社出版部部员木村亨在82岁临终的前几天所写下的诗句,含义深厚。
横滨事件是中央公论社和改造社的一些人,因涉嫌“企图再次结成共产党”而被神奈川县警察局特高科逮捕的事件。有4人死于严刑拷打。
昨天,东京高级法院做出了“原被告人们在重刑拷问下,有可能不得以地作了违心的坦白”的认定。在特高科的纪录里有:“你小心你将是第二个(死于重刑的)小林多喜二!”“在现在的圣战下你竟敢干这种事!”等逼供的纪录。20年前,当木村亨告诉辩护团团长的森川金寿,虽战争已结束了40年,但他还没有得到平反时,森川愕然失色(出自树花舍的《快开始重审横滨事件》)。
91岁的森川是拄着拐杖由木村的妻子真纪搀扶着步入高院法庭的。可见木村们的悲痛的申诉,现在仍被坚定地继承着。然而,我不禁要问他们为了挽回自己一度失去了的名誉,究竟要花费多少的时间和精力?
既然已经决定了重审,那么受审的应该是当时的司法、当时的国家、还有那场战争。



獄死したプロレタリア文学作家
小林多喜二



日本語原文:
裁判所には、長い間「再審」を求め続けていた元被告たちの姿はなかった。戦時下の最大の言論弾圧事件といわれる「横浜事件」の生き残りだったその5人は、ことごとく他界している。訴えを受け継ぐ遺族らが、東京高裁の「再審開始を支持」の決定を聞いた。
それにしても、長い年月がかかった。〈捨てし身の裁きにひろういのち哉〉。元被告の元「中央公論」出版部員、木村亨さんが82歳で亡くなる数日前に残した句にも、その思いがこもる。
横浜事件では、中央公論社や改造社の編集者ら多数が、「共産党の再結成に動いた」などの治安維持法違反容疑で神奈川県警特高課に検挙された。拷問が繰り返され、4人が獄死した。
昨日、東京高裁は「元被告らは、取り調べ中、拷問を受け、やむなく虚偽の疑いのある自白をした」と認定した。「(拷問死した)小林多喜二の二の舞いを覚悟しろ」「この聖戦下によくもやりやがったな」などと迫った特高の拷問の記録もある。弁護団長の森川金寿さんは、20年前、木村亨さんから、戦後40年になるのに名誉回復がなされていないと聞き、愕然(がくぜん)とした(『横浜事件の再審開始を!』樹花舎)。
つえをついて高裁に入る91歳の森川さんに、木村さんの妻まきさんが手を添えていた。木村さんたちの悲痛な訴えは、今もしっかり引き継がれているようだ。しかし、いったん失われた名誉の回復にどれだけの歳月と力を費やさなければならないのかとも思う。
再審が決まれば、裁かれるのは、当時の司法であり、国であり、あの戦争でもある。

松坂 まき 編 「横浜事件 木村亨全発言」







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by indarel | 2005-03-12 04:48 | 中国語で「天声人語」

3月10日(木) 中国語で天声人语

偏奇楼




“移居麻布,因住所为漆油之二层楼,故名偏奇楼”(出自《偏奇楼漫录》 译者注:日语的油漆一词读音为PENKI,与“偏奇”谐音)。60年前的3月10日拂晓,这所永井荷风久居的房子,在美军的东京大空袭中烧毁了。
“偏奇楼吐烈焰、、、、、、吾仅有观火之力,火焰时愈加猛烈,吾知此乃偏奇楼上万卷藏书之炎也”(出自《罹灾日录》)。荷风停留在原地,久久地看着家家户户的房子在焚烧,人们惊慌失措的光景。当时,隅田川附近的居民区一带,到处都是为了逃离火海而东奔西走的人。
从幸存者所描绘的当天夜晚的画上,我们可以看到火车站里重重叠叠地摆满了遇难居民遗体,河道被人体填平了。一夜之间约有10万人绝命。
第二天《朝日新闻》的头版头条的标题是《B29轰炸机130架,昨晓狂轰帝国首都》。内容是报道了大本营的新闻发表:“击坠敌机15架”。而对我方的受害状况未作具体报道。反思当时的传媒管制,竟使得发生在眼前的惨状未能报道,我不禁撼然。
在此之后,美军反复空袭了名古屋、大阪、神户等大城市,随后又开始了对中小城市的持续轰炸。虽规模不同,但东京的《地狱变相图》在全国各地不断重现。
荷风在受灾的前两天,领取了配给的葡萄酒。所谓葡萄酒,其实只是将葡萄榨成汁的东西,酸的不得入口。所以,他写下了这样的句子:“不知酿造之法而猥琐造酒,似不审外国之情局而开战之愚行也。”


永井 荷風




日本語原文:
「居を麻布に移す。ペンキ塗の二階家なり因つて偏奇館と名づく」(「偏奇館漫録」)。永井荷風が長く住んだこの家は、60年前の3月10日の未明、米軍による東京大空襲で焼かれた。
「わが偏奇館焼亡す……火焔の更に一段烈しく空に舞上るを見たるのみ。これ偏奇館楼上万巻の図書、一時に燃上りしがためと知られたり」(「罹災日録」)。荷風は、家々の焼け落ちる様や人々の姿を、その場にしばらくとどまって見ていた。その頃、隅田川周辺の下町一帯では、猛火に追われた人々が逃げまどっていた。
生き残った人たちが当夜の有り様を描いた絵には、駅構内で幾重にも折り重なったり、川の中を埋め尽くすようにしたりして息絶えた住民たちの姿がある。一晩で約10万人の命が奪われた。
「B29約百三十機、昨暁/帝都市街を盲爆」。翌日の朝日新聞の一面トップの見出しだ。大本営発表を伝えたもので、「十五機を撃墜す」とあるが、被害状況の具体的な記述はない。統制下ながら、目の前の大被災を伝え得なかったことを省みて粛然とする。
この後、米軍は名古屋、大阪、神戸など大都市での空襲を重ね、更には中小都市へも爆撃を加え続けた。東京の地獄絵は、規模こそ違っても全国で繰り返された。
荷風は被災の2日前に、ぶどう酒の配給を受けたという。ぶどうの実をしぼっただけで酸味が甚だしくほとんど口にできないものだった。そして、こう記している。「醸造の法を知らずして猥(みだり)に酒を造らむとするなり。外国の事情を審(つまびらか)にせずして戦を開くの愚なるに似たり」




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by indarel | 2005-03-12 02:01 | 中国語で「天声人語」