2005年3月25日(金)   中国語で「天声人語」


                             1898年パリ博覧会の日本茶屋
を紹介する新聞


巴黎的埃菲尔铁塔建造于巴黎公社的100年以后,1889年万国博览会的时候。在巴黎召开的万国博览会有好几次。1900年的博览会时,当时正在英国留学的夏目漱石先生前往参观,并登上了埃菲尔铁塔。
「今日观博览会,见巨型机关同方向移动,不得其晓。登著名之『埃菲尔』塔,四方可一览无余。此机关高300米,使人入一箱内,以铁条将其吊起、降之。」(出自『漱石全集』岩波书店)。
在此我们可以追忆被电梯变做「箱中人」的后世文豪的身影。此后,又有大约100年的时光流逝了。博览会成为各国的科技产品争妍的地方,成为反映时代的镜子。
博览会的主题,也是一面同样的镜子。70年的大阪万国博览会的主题是「人类的进步与和谐」。这一年是人类登月的第二年,「人类的」这一表达法充满了自豪于科技进步的回旋。但是,科学和工业所导致的公害,变得越来越深刻了。所谓「和谐」,只给人一种很牵强的感觉。
今天在名古屋郊外开幕的爱知万国博览会的主题是「自然的睿智」。我们也可以把它看做含有因为我们懂得了由人类来推行的「和谐」是不可行的,所以要依靠大自然之意。从不提「人类的」睿智,而说「自然的」睿智的这一说法来说,我们可以想象到「人类」是在反省着过去。
漱石写道,即使10天、15天地参观博览会,充其量也只能看个大概。即便真是如此,为了了解些许的大概,我要去参观。




                             1970年大阪万博


日本語原文:
パリのエッフェル塔は、大革命からちょうど100年後の1889年に開かれた万国博覧会の際に建てられた。パリでの万博は何度もあって、1900年の博覧会では、英国留学の途上にあった夏目漱石が見物し、エッフェル塔に上った。
「今日ハ博覧会ヲ見物致候ガ大仕掛ニテ何ガ何ヤラ一向方角サヘ分リ兼候名高キ『エフエル』塔ノ上ニ登リテ四方ヲ見渡シ申候是ハ三百メートルノ高サニテ人間ヲ箱ニ入レテ綱條ニ(テ)ツルシ上ゲツルシ下ス仕掛ニ候」(『漱石全集』岩波書店)。
エレベーターによって「箱入り人間」にされた、後の文豪の姿がしのばれる。それから約100年の時が流れた。各国が競い合う科学技術で生まれた品々が並んだ会場は、その時代を映す鏡だった。
万博のテーマもまた、そうした鏡の一つだ。70年の大阪万博では「人類の進歩と調和」だった。月着陸の翌年で、「人類の」という言い方に、科学の進歩の誇らしげな響きがこもる。しかし科学や産業がもたらした公害は、深刻になっていた。「調和」の方には、とってつけたような感がある。
今日、名古屋の郊外で開幕する愛知万博のテーマは「自然の叡智(えいち)」だという。人間による「調和」の達成は無理とわかったので、今度は自然を頼りにしたいとも読める。「人間の」叡智と言わず「自然の」としたところには、「人類」が過去を省みている様が思い浮かぶ。
漱石は、博覧会は十日や十五日見ても大勢を知るのが関の山、とも書いている。そうだとしても、大勢の一端を知りに、でかけてみたい。
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# by indarel | 2005-03-25 08:29 | 中国語で「天声人語」

2005年3月24日(木) 中国語で「天声人語」


                             フェロロマーノのアントニヌス帝の神殿 


在罗马市中心的佛罗罗马,古代罗马的都市遗迹鳞次栉比。听说罗马市的政府大楼也建在古代的档案馆的遗址上。
东京重新建造东京都政府大楼的时候,我曾经和罗马市的美术馆局长说过:“东京扔掉盖了30年左右的政府办公大楼,正要花一千数百亿日元建造新的”。他如此回答我:“亲自动手修缮祖父的那一代,甚至是祖父的祖父那一代人做的东西生活是一件很愉快地事情”。东京都政府大楼的翻新,是日本的建筑物连续不断地翻新的一个象征。
新旧的东京都政府大楼的设计师丹下健三先生去世了。《丹下健三》(新建筑社出版)的作者藤树林照信先生说,丹下健三是“给昭和这个时代赋予了形状的人”。他留下了象征着战后每一个不同时刻的日本的作品。
藤森先生曾询问丹下先生:“您看了很多世界上的古今建筑,您认为谁的最好”?“…………柯布西尔和米开朗琪罗吧”
他初次接触近代的建筑大师柯布西尔是在广岛的高中时代,在图书馆的杂志上。他受到了冲击,立志成为建筑家。“一下子就迷上了他那既除掉一切装饰性的东西,又使建筑拥有凛然美度的设计法”。(《从一枝铅笔开始》日本经济报纸社出版)。
即使是现代的巨大建筑物,他也想要使某处包含有凛然的美度。在这个时代里,可能他比谁都知道要做到这一点,是有多么的困难。




                       丹下健三設計  東京都庁(1993年) 


日本語原文:
ローマの中心部にあるフォロロマーノには、古代ローマの都市遺跡が立ち並んでいる。そばのローマ市の庁舎も、古代のタブラリウム(記録保管所)の上に築かれていると聞いた。
東京の都庁舎が建て替えられる頃、ローマ市の美術館局長に「東京では、築30年ほどの庁舎を捨て、千数百億円かけて新庁舎を建てるところです」と話したことがある。答えはこうだった。「おじいさんや、そのまたおじいさんがつくったものに手をかけて暮らすのは、楽しく、よいことです」。建物がどんどん新しいものに変わる日本を、都庁舎は象徴していた。
新旧の都庁を設計した丹下健三さんが亡くなった。『丹下健三』(新建築社)を著した藤森照信さんが「昭和という時代に形を与えた人」と述べていたが、戦後の、その時々の日本を象徴する作品を残した。
藤森さんが、丹下さんに尋ねた。「世界の古今の建築家の仕事をたくさん見てこられて、誰が一番と思われますか」。「……ル・コルビュジエとミケランジェロですね」
近代建築の祖の一人とされるコルビュジエには、旧制広島高校時代に図書館の雑誌で出会う。衝撃を受け、建築家を志した。「装飾的なものを一切取り払いながらも、凛(りん)とした美しさを持つその設計に、私はすっかりほれ込んでしまった」(『一本の鉛筆から』日本経済新聞社)。
現代の巨大建築であっても、必ずどこかに凛とした美しさを込めようとしていたのだろうか。この時代に、それを求め続けることの途方もない難しさを、誰よりも味わっていたのかもしれない。

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# by indarel | 2005-03-24 07:54 | 中国語で「天声人語」

一句

翻訳家  夜も眠れぬ  ひと言葉
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# by indarel | 2005-03-23 10:31 | 今日の一句

中国ランキング速報ーー総合ベスト10入り間近

いつも応援ありがとうございます。
今日で博客堂が立ち上げて2週間、中国ランキングにエントリーして一週間になります。この間数々のコメント、電子メールをいただき、誠にありがとうございます。
3月22日現在、日漢翻訳博客堂は中国ランキングおいては、カテゴリ中国語学習において暫定2位、110クリックをいただいております。また、このままのペスで行きますと、24日までに総合ランキングベスト10に食い込むことになり、中国ランキングのトップページに飾ることになります。これはひとえにみなさんのお陰です。みなさんの支えがあってこそ、ここまで来れたものと思っております。本当にありがとうございます。


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# by indarel | 2005-03-23 03:56 | 堂主の独白

2005年3月22日(火)  中国語で「天声人語」

戦後復興の父
吉田 茂首相


小泉首相时常说:“想告诉孩子们饮食生活的重要性”。在他的施政方针里,也连续两年提到“饮食教育”。那么首相每天吃的是什么呢?
我们从早报的《动静》栏里,查看一下首相晚餐的去处,就会发现一个很明显的倾向。总之是意大利餐厅多。有的地方甚至是仅隔两天又去。其次是中餐厅。似乎是轮流地去意、中、日这三种餐厅。几乎找不到韩国、中东、俄国的餐厅。首相的地区偏爱是很明显的。
据负责首相官邸的记者说,首相的早、中餐是纯日式的。早餐通常是米饭、酱汤、萝卜泥、小干白鱼等,中午大多是荞麦面。有人如此作证,说首相“非常喜爱饺子”,“吃不了生的蔬菜”,“对泽庵咸菜和朝鲜泡菜毫无兴趣”,“一定全部剩下猪排饭里的猪排”。看起来首相非常偏食。
古时的平安时代,生活奢侈的藤原道长不知是因为过食还是偏食,长期患有糖尿病。为此他克制自己并采用了饮食疗法。据传保健意识较高的德川家康喜好麦饭,并向臣下推荐食用粗粮。
战后,号称美食家的吉田茂首相,把自己中意的厨师雇到官邸,享用着美食。据说急性子的田中角荣,喜爱猪排饭、面条等简单的食品。这正好比是食如其人。
上月初,首相因感冒没有办公。在任4年,第一次因病缺席。其后还是鼻涕、喷嚏不断。好像是得了花粉症。有一句话是医食同源。从普及“饮食教育”的角度,也请首相改正偏食,多保重身体。


1972年周恩来総理と会談する田中角栄首相


日本語原文:
折々に小泉首相が「食生活の大切さを子供たちに教えたい」と訴えている。施政方針演説でも2年続けて、「食育」の問題を取り上げた。そう言う首相は、どんなものを食べているのだろうか。
朝刊の「動静」欄から首相の晩餐(ばんさん)先を拾うと、際だった傾向が浮かび上がる。とにかくイタリア料理が多い。同じ店に中2日の間隔で通うこともある。これに中華が続く。伊・中・和の輪番が基本のようだ。韓国や中東、ロシアの料理は皆無に近い。地域の偏りが目についた。
首相官邸の担当記者によると、朝と昼は純和風という。朝食はご飯にみそ汁、大根おろし、ちりめんじゃこというのが定番で、お昼はだいたいソバらしい。「ギョーザに目がない」「生野菜は大の苦手」「たくあんやキムチには目もくれない」「カツ丼のカツは全部残す」。そんな目撃証言もある。かなり好き嫌いがあるようだ。
平安の昔、栄華を誇った藤原道長は、過食か偏食か、長く糖尿病に苦しみ、食事療法に励んだ。ヘルシー志向の家康は麦飯を好み、臣下にも粗食をすすめたそうだ。
戦後で言えば、食通を誇った吉田茂首相は、お気に入りの料理人を官邸に雇い入れ、美食を楽しんだ。せっかちな田中角栄氏は、カツ丼やラーメンといった手軽な品を好んだという。まさに食は人を表す。
先月初め、首相は風邪で公務を休んだ。在任4年で病欠は初めてだ。その後も鼻水やくしゃみが止まらない。どうやら花粉症らしい。医食同源ともいう。「食育」普及のためにも、好き嫌いを見直して、どうかご自愛を。
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# by indarel | 2005-03-22 18:28 | 中国語で「天声人語」

2005年3月21日(月)  中国語で「天声人語」

能古島にある檀一雄の絶筆詩記念碑


我们终归还是要理解日本是常有地震的。昨天发生的以九州北部为震中的地震,使我的认识更清醒了。震源的玄界滩到目前为止都是地壳运动相对微弱的地方。
和玄界滩隔海相望的能古岛是作家檀一雄晚年度过的地方。在高岗上立有刻着他绝笔之句“寒风如笛音,夜夜到我家,何时花开放”的石碑。在旁边的志贺岛,曾出土了国宝“汉委奴国王”的金印。
这是些充满了古代和海洋浪漫情调的岛屿。可是昨天,电视上映出的却是多处房屋倒塌的骇人画面。因靠近震中这里的地震一定很激烈。望全力救灾。
这次地震,是自阪神大震灾后,这10年里第一次发生在人口超过100万人的大城市。在福冈市,虽说没有发生创纪录的大灾害,但是我们仍可看到现代都市的脆弱性。有的摩天楼的玻璃大部分都破裂。破碎的玻璃片成为袭击街上行人的凶器。近年来,大城市里新增了许多玻璃幕墙大厦。我们应该再次考虑这个问题及原有的楼房的防震工作。
“1万3千人死亡,700万人无家可归”。这是上个月在政府的中央防灾会议上所做出的首都直下型地震发生时的受灾预测。据说最坏的设想时的经济损失,是远远超过国家经济预算的112万亿日元。
首先是救灾优先。同时我们要彻底调查这次所呈现的弱点,在全国范围内实行防震对策。不管人们是否忘记,也不管是否有所前例,地震总是会来的。


1784年志賀島から出土した金印


日本語原文:
やはりこの国では、大地震はどこででも起こると考えていた方がいい。昨日の九州北部を中心とする大きな地震で、改めてその思いを強くした。震源の玄界灘では、これまでは地震活動が弱かったという。
玄界灘を望む能古島では、作家・檀一雄が晩年を過ごした。高台には、絶筆の句〈モガリ笛 いく夜もがらせ 花ニ逢はん〉を刻んだ碑があるという。隣の志賀島からは、国宝の「漢委奴国王」の金印が出土している。
こうした古代や海のロマンに彩られた島々の中で、昨日は、何軒もの家が倒壊したすさまじい被害が映し出された島もあった。震源に近く揺れが大きかったのだろう。救援を集中させたい。
今回の地震は、阪神大震災以来10年ぶりに百万都市を直撃した。福岡では、記録的な大惨事にこそ至らなかったようだが、現代都市の弱さを見せつけられた。窓ガラスの多くが割れた高層ビルがあった。落ちるガラスは凶器となって地上の人々を襲う。近年、大都市には全面がガラス張りのような新しいビルが増えている。在来型のビルともども、揺れに対する備えを再点検してほしい。
「死者1万3千人。避難者700万人」。先月、首都直下地震について、政府・中央防災会議が被害想定をまとめた。最悪の場合には、経済損失は国家予算をはるかに超える112兆円にもなるという。
まずは被災地の復旧が第一だが、今回あらわになった弱点を精査し、全国で対策を進めたい。地震は、忘れていても忘れていなくても、そして、前例があってもなくても襲ってくるのだから。


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# by indarel | 2005-03-22 16:42 | 中国語で「天声人語」

時計、温度計を設置しました

サイドバーに時計と温度計を設置してみました。いままでの文字ばっかりのところに、動きのあるものを入れれば、全然雰囲気が違いますし、便利です。なかなか気に入っています。

21、22の天声人語とたまっていたひねりは今日アップします。
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# by indarel | 2005-03-22 14:52 | 堂主の独白

「鳴謝」と「銘謝」、正しいのはどっち?

昨日、10年来付き合いのある友人とネットで上記のことについてちょっとした争いをした。発端はほんのささやかなことである。数日前、私は友人が彼のホームページに「博客堂」のリンクを設置してくれたことに感謝のメッセージを彼の掲示板に投稿した。タイトルは「鳴謝!」である。昨日、彼から駄目だしが入った。「鳴謝」は「銘謝」の誤植ではなかろうかと。
私は負けず嫌いな性格である。すぐさま手持ちの大陸、台湾及びに日本の漢和辞書をすべて調べた。それぞれの辞書には、解釈の用語に違いが見られるものの、同じような文字を羅列している。二つの言葉には、語源に違いがあることや意味合い、使用法にはさほどの違いがないことが分かった。ヤフーチャイナ、ヤフー台湾でそれぞれ簡体字、繁体字の4パターンの検索もして、実用例も多数確認した。この時点で、誤植でないことを確信したのである。
そして、冗談半分で彼の掲示板に下記の書き込みを投稿した:

「如站長所言,此“鳴謝”非彼“銘謝”也!
鳴:意為發出聲音
銘:意為在金屬或器物上刻字,記載事實。
“鳴謝”與“銘謝”的意思、用法均略有不同。
我“鳴謝”站長,只要大喊一聲,不用花一分錢,還能清清喉嚨。而“銘謝”站長,豈不是要為站長立一面碑,那不是要虧了本!當然站長希望我“銘謝”而不是“鳴謝”。
貴站與敝站連通的恩德,我“銘記”在心,但站長懷疑我用錯字,令我不禁為自己“鳴冤”。
請參考下記鏈接。
http://140.111.34.46/dict/ 」

投稿の最後に私が愛用している台湾教育部が提供しているネット辞書のURLリンクも載せた。しかし、このリンクがことを思わぬ方向へ向かわせたのである。
しばらくして、彼から下記のような反論のメッセージが投稿された:

「嘿嘿!此言差矣。
看來你似乎只查單一個字所以有此說法,
的確是有『鳴謝』與『銘謝』這兩詞,
但是此時的『銘』並非雕刻銘版之意,而是書面或文字達謝之意。
你並非打電話給我或是直接當面跟我說,
何來『鳴謝』呢?
在目前我這網頁上似乎也只能做到『銘謝』而已吧!
不信您大可在您給我的那個網址去查看一下兩詞之意。 」

とんだ誤解である。私は自分の言論を弁護しようとして、投稿したものであるまい。ただ、二つの言葉がほぼ同意語であって、私はその下調べをきちんとして、裏づけもあるということを証明しようとしただけなのである。しかし、私のつけたリンクが明らかに彼のプライドを傷つけたのだ(と私は感じた)。

そして、この舌戦を終わらせようと、私は再び下記の投稿をした:

「站長息怒:
我自然是全都查過的。我的意思是二字來歷不同,用法略有相異。並無強調對錯之意。如若站長覺得我有失敬意,那我謝意先鳴在口裏,後銘在心中。」

たちまちして、彼からの返事がまたアップされた:

「這…又是從何說起呢?你從我的哪個字義裡看出我有『怒』意?
兩字的來歷不同那是當然,歷不同用法自然各異。
我只是說您在我這網站上留字,應以『銘謝』為題,
銘謝者:書面、文字上之答謝。絕非你所謂的立碑刻銘!
如真要鳴謝,那你理應打個越洋電話給我,大聲對我吼一吼順道清理喉嚨
我可從未有任何怒意!最近怎麼那麼多人喜歡給我一些欲加之罪啊? 」

嗚呼!思わず溜め息が出る。
誤解が重ねあって、ますます泥沼化して行く。

古い友だから、腹を割って話しができる。しかし、それをネットで文字にしたら、やがて文字が一人歩きをし始める。作成者が想像もつかないような誤解を招くことも、今回は身をもって体験した。
いにしえから伝わってきた漢字は実に偉大である。がゆえに、その微妙な意味合いは現代に生きる私と友の間に小さなすれ違いをもたらしたのである。
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# by indarel | 2005-03-21 23:58 | 堂主の独白

2005年3月20日(日)  中国語で「天声人語」

スローフードバイブル
日本放送出版協会


某日下午,我在街上的食堂吃了一份咖喱饭。同一时间在离我不远的位子上坐着一位外国青年,也吃着咖喱饭。这位年轻人一小口一小口地用木筷子夹着米饭,蘸上咖喱后,慢慢地将其送入口中。在他的盘子旁边,还放着一碗酱汤。
“人生短暂。每个人都是相同的。与其急冲冲地失误,不如慢慢地享受人生的情趣”。 “国际慢餐协会”在108个国家里拥有8万会员。协会的意大利籍会长卡洛·佩特里尼到日本来了。上面的是他的话。1989年,该协会在巴黎通过了别具风格的“慢餐宣言”决议。“速度约束着我们的生活,我们每个人都被病毒所侵。这种叫做‘快速生活’的病毒,弄乱了我们的生活习惯,进入了我们的家庭,强迫我们食用‘快餐’”。
佩特里尼在所著的《慢餐经典》(日本放送出版协会出版)中提到,日餐才是日本真正的慢餐。“不希望日本的每一个人,屈服于那些没有个性,有损日本人气质的食物”。
从快餐大国访日来的国务卿赖斯,呼吁恢复进口牛肉。这当然是美国在追求其国家利益,但是国家利益里面难说没有包含着“某一集团”利益的一面。有人指责,“日本的研讨过程惊人地慢”。但是希望日本方面不要无益地加速,而是从安全第一的“国民利益”着眼。
我吃完咖喱饭后匆匆忙忙地起身离去。年轻人的盘子里还是满满的。



日本語原文:
ある午後、街中の食堂でカレーライスを食べていた。近い席に同じ頃座った外国の青年も、カレーライスを食べていた。青年は割りばしでご飯を少しずつつまみ、カレーに浸してゆっくりと口に運んでいる。皿のそばに、みそ汁もあった。
「短い人生。みんな同じ。急ぎすぎて失敗するより、ゆっくり生きた方がいい」。108カ国に8万人の会員を持つスローフード協会のイタリア人会長、カルロ・ペトリーニさんが来日し、そう述べたという。
協会は、89年にパリで、独特の味わいをもつ「スローフード宣言」を採択した。「私たちはスピードに束縛され、誰もが同じウイルスに感染している。私たちの慣習を狂わせ、家庭内にまで入り込み、『ファーストフード』を食することを強いる『ファーストライフ』というウイルスに」
ペトリーニさんの『スローフード・バイブル』(日本放送出版協会)には、和食こそ日本のスローフードとある。「日本人の皆さんには、個性のない食べ物、日本人らしさを損なう食べ物に屈してほしくない」
ファストフードの国からは、ライス国務長官が来日し、牛肉の輸入再開を訴えた。それがアメリカの国益の追求ということだろうが、国益には一部の「集団益」になりかねない面もある。「日本の検討のプロセスは信じられないほど遅い」。こんな声もあるというが、日本側はいたずらに急ぐことなく、安全優先の「国民益」で臨んでほしい。
カレーライスを食べ終えてそそくさと席を立ったが、青年の皿には、まだたっぷりと残っていた。

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# by indarel | 2005-03-21 13:19 | 中国語で「天声人語」

2005年3月19日(土)  中国語で「天声人語」

有些事情人们只凭着日期就能牢记。不管是多少年以后,那一天到过什么地方,做了些什么事情,都记得一清二楚。320是令许多人回忆起地铁沙林事件的代名词。明天是事件发生满10年的日子。
当天早上,我因为整理前一天出差带回来的行李,比平时晚了一些离开居所。当我在市中心下车的时候,我注意到了在上空盘旋的直升机,到报社后,得知了事件的内容。
如果我是按每天的上班时间出发,或者哪怕仅是比实际略微早一点点儿的话,也许我就在某处遇难了。电视镜头里的倒下去的人,也许就是我。大概每个在市中心通勤上班的人,都做过这种假设。
事件后的第二个春天,原教祖的首次公审开始了。我在报社的会议上,关于终审时期曾作过“本世纪内的可能性不大”的发言。当时周围的人因为听到我说得如此遥远,而发出了一阵嘘声。在那以后,我走访了山梨县的山九一村,目睹了那些被称为“沙地安”的巨大的房屋群。我遗憾万分,在富士山麓既然能看到这么多如此奇异的建筑,而我们为什么没能及早发现他们的罪行?
前年和去年,我短期地在法院旁听了对原教祖的审判。他在那里时而默默不语,时而嘟嘟囔囔,时而强忍着哈欠。似乎故意地回避着检察官的发言,回避着法官的宣判,回避着旁听席上的悲伤。
奥姆企图在国家里面建立新的国家。他们的目标是日本这个国家。一般市民可以说是被他们当作了国家的替身。我们所要追究的320问题,不应该仅仅是防止不加区别的恐怖活动,关怀照顾被害者及其家属,也是很重要的。



日本語原文:
日付で記憶される出来事がある。何年か後でも、その日どこにいて何をしていたかという話になる。多くの人が3・20で記憶する地下鉄サリン事件は、明日で発生から10年になる。
あの朝は、東京郊外の家をいつもより遅れて出た。前日に出張から帰り、荷解きしたものを整理していたからだ。都心の駅で外に出たところでヘリコプターが舞うのを見、新聞社に着いて事件を知った。
いつも通りか、やや早めに出ていれば、どこかで事件に巻き込まれた可能性はある。テレビ画面に映った横たわる人は、自分だったかもしれない。都心に通う人は、そんな思いを共にしただろう。
翌春、元教祖の初公判があった。判決の時期について「今世紀中は無理ではないか」と社内の会議で述べた。その遠さに周りが少しどよめいたようだった。その後、教団の本拠地だった山梨県の上九一色村へ行き、サティアンと呼ばれた巨大な建屋の群れを見た。富士山のふもとに、これだけ異様なものが立ち並んでいたのに、なぜ犯行を許してしまったのかと悔やまれた。
一昨年と昨年、元教祖の裁判を短時間だが傍聴した。黙して、時に口をもぐもぐしたり、あくびをかみころしたりしている。検察の論告も裁判官の言い渡しも傍聴席の痛切な思いも、はぐらかされているようだった。
オウムは国の中に国を造ろうとたくらんだ。標的は日本という国家だった。市民は、いわばその身代わりにされた。無差別テロの再発防止だけではなく、被害者や遺族への手厚い支えもまた、3・20が問い続ける課題だ。

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